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ご近所散歩-内と外の境界

暑くて長~い夏でした。
オリンピック誘致や消費税増税やら、にぎやか世相とは別に、秋は静かに確実にやってきました。

我が家の玄関先にも、桔梗。小さな秋です。
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狭い庭の片隅に、6月に植えた金柑のチッコイ実が1つ。中央の黄色い丸です。
愛犬のポンタが亡くなり、この樹の下に眠っています。
記念樹に、かわいくて実が生るものをということで、金柑を選びました。
ポンタが復活したような気がします。
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*  *  *  *  *
秋晴れのさわやかな朝、散歩を兼ねて買い物に。
ご近所の玄関先にコスモス。小さな気遣いの秋です。
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塀のない家、道路と敷地との決壊として使われた植木鉢。
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かわいくて小じゃれ。隙間から彼岸花も顔をのぞかせていますヨ。
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低い塀から満開のキバナコスモスがあふれています。
一心不乱に蜜を吸っている蝶、花と間違えそうです。
塀が低いのはいい。通行人も花を楽しめます。
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道路と敷地とのわずかな隙間に咲いたマリーゴールド。
夏からまだまだ頑張って、元気色を足元一杯に放ちます。
この家の方が、植えたのでしょうか。
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こうして歩いていると、玄関先の造りへと興味が移ります。
塀と道路との間に緑を。
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塀を全く設けない家もあります。リズミカルに枕木を使っての植栽。
ここまで敷地の間口いっぱいオープンにしてくれると、味わい深い通りになりますね。
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花はなく、葉の色合いの違い・重なりが美しい。
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昔は、垣根越しの立ち話が街のあちこちで見られましたが、今は、堅い塀で仕切られ、ふれあいが少なくなりました。
家と社会の接点となる玄関や庭ですが、領域を外(社会)から完全に仕切るか、共有するかの違いで、外部との繋がりが大きく異なりますす。昔、学校で、「都市への返還」という難しい御題目で習いましたっけ。敷地の一部を町に開き、行き交う人と共に空間を用いるということですね。
家を造る時、1軒1軒が部分的にでも街に開放された造りにすると、通りが、街が豊かになります。花や木をきっかけに住まい手と道を行き交う人との会話も生まれます。

少し前の写真。
マンションの専用庭のバラです。時々、オープンガーデンに。
手入れをしているご主人にバラ造りを伺ったり。
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この季節、バラの美しさに見惚れて、いつもここで、足を止めます。
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野や山に足を伸ばさずとも、ご近所を散歩し、家やお店の足元に目を注ぐと、小さな発見に出会います。
住む方の工夫を感じたり、思わぬ人との出会いも生まれます。
気持ちのいい季節、身近な街歩きを楽しんでください。

加部千賀子
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by jogikai | 2013-10-02 16:02 | 出かける・帰る | Trackback | Comments(0)  

大平宿の事

お盆休み最後の週末に長野県飯田市の山奥で、「 大平建築塾」に参加してきました。
建築塾は1993年の保存再生工事に携わったメンバーが大平宿を見続けようと、
建築家の吉田桂二先生を中心に生活文化同人の主催で始まったもので、
毎年夏に開催され今年で18回目になります。
女性建築技術者の会からは今年も島田さん、大平さん、西岡の3人が参加しました。

飯田市街はこの猛暑で35℃でしたが、
山道を40分車で登った高原の大平宿では25℃。
夜は寒いくらいで束の間、山の清涼な気に癒されてきました。
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大平宿
村の歴史は古く、江戸時代に飯田藩により拓かれ、大正期には飯田から木曽谷へ降り
中央線で名古屋に行く旅人の茶屋宿として栄えたそうです。飯田線の開通で宿場としての使命は終わり、戦後は炭焼きを生業にする静かな山村に戻りました.

その炭焼きも石油に押され過疎化が進み、高度成長期まっただ中、万博の年1970年についに集団離村により、長い歴史を閉じました。
地元飯田市民による「大平をのこす会」や
東京在住の吉田桂二先生らの粘り強い保存運動の末、
飯田市、元住民の方々との連携で建物と環境が残されました。
板葺き石置き屋根の家がここまで多く残っている集落は他にないそうで、古民家研究上も貴重だそうです。
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離村時の住民の方に話を聞くと、古くは江戸時代から、新しくても大正期に住みついた家系がほとんどで、集団離村に至る辛い記憶も含めた、長い歴史の重みに都会暮らしの私は圧倒されます。

大平の何よりの魅力は、古民家を丸ごと一軒借りて、
囲炉裏、かまどに火を起こして生活体験ができる事です。
火をおこすのがひと苦労。一度つけた火は皆大事に使います。
囲炉裏の鍋の横で干魚を焼くなど、
むだなく火を使おうとすると、自然と火のまわりに人が集まってきます。e0264942_1526542.jpg

現代の私たちが普通にしている、好きな時間にご飯を食べたり、風呂に入ったりする事は大平では手のかかる、とても贅沢な事だと思い知ります。




その他、屋根が壊れてないか、鍋に穴があいてないか、しょっちゅう家の内外を点検し、最善の状態に保っておかないと大平では暮らしが成り立たなくなります。
大工や水道屋などの専門家はいないので、なんでも自分たちでやらざるを得ません。
こういう暮らしは大災害にあった時にはさぞ心強い事だろうと思いました。
実際に、元住民の方に聞いたら
戦争中も山里の暮らしは何も変わらなかった、との事でした。

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大平のような過酷な環境では「気ままな単身暮らし」は命の危険にさらされます。集まって住み、一緒に食事をするのはごく当然の事だったのだと気がつきます。




電子レンジや冷蔵庫や全自動風呂を手に入れた現代の私たちは、一人でも安全に便利に生きていけます。助け合わなくても不安を感じない暮らしでは、
家族の存在や近所付き合いは、陰が薄くなって当然です。
でもかつての人間関係の濃さが、生きる糧になり苦しいときの力になる事を
3.11を経験して、私たちも気がつき始めています。




大平の暮らしに戻る事はできないけれど、
シンプルで豊かな暮らしの原点がここにある事は確かです。e0264942_15303081.jpg
皆で3食を共にした私も家に帰れば、忙しく便利ないつもの暮らしに戻ります。








いろいろ考えさせられる3日間でした。




村を流れる生活用水(井戸っ川)は大雨でも渇水期でも
常に一定の水量が流れるように、すばらしい工夫がされています。
昔の人の工夫の跡を見に水源までウォーキングし、取水口の清掃をしました。
その他、周辺整備、障子の貼替えなども
民家宿泊の楽しい体験として毎年やっています。
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ルーマニアからの留学生のラルカさんも参加。
伐採体験で伐った木を運びます
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詳しい報告は「大平建築塾」を検索して下さい

(西岡麻里子)
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by jogikai | 2012-08-25 16:22 | 出かける・帰る | Trackback | Comments(0)